ここまで、AIと一緒にブログを修正してきました。
広告の配置。
人気記事のリライト。
カテゴリーの整理。
ブログ全体を見渡して、
「なるほど!」
「そういう考え方もあるのか。」
と思うことが、何度もありました。
だんだん私は、
「AIって、かなり優秀なんじゃない?」
と思い始めていました。
ところが。
一緒に作業を続けていると、
どうも様子がおかしい。
もくじ
AI、けっこう間違えます
四万十川の記事について相談していたときのことです。
相談したのは、こちらの記事です。
文章で説明してもらう分には、特に問題はありませんでした。
そこで私は、四万十川の流れが分かる地図も作ってもらおうと思いました。
ところが。
出来上がった地図を見て、びっくり。
四万十川が、違うところを流れている。
「いやいやいや。」
「いや違うろ、四万十川。」
地元に住んでいる私なら、すぐに分かります。
文章では、それらしく説明できる。
でも、その情報を地図やイラストとして具体的な形にしようとすると、途端に怪しくなる。
このとき初めて、
「AIって、文章で知っていることと、実際の位置関係を正確に描くことは別なんだ」
と気づきました。
少なくとも、このときのAIは、文章の情報を具体的な地図に起こすのが苦手でした。
知っていることなら、間違いに気づける
考えてみれば、当たり前です。
私は四万十川の近くで暮らしています。
予土線のしまんトロッコにも関わっています。
地元の食べ物も、
季節のことも、
観光地までの距離感も、
実際に見たり、食べたり、歩いたりして知っています。
だから、
AIが少し違うことを言うと、
「あれ?」
と気づきます。
でも、
もしこれが私の知らないことだったら?
たぶん私は、
そのまま信じていたと思います。
これには、ちょっとゾッとしました。
しかも、自信満々です
AIの困ったところは、
間違えることだけではありません。
間違っていても、ものすごく自然に答えます。
「分かりません。」
とは、なかなか言いません。
文章は整っているし、
理由まで説明してくれます。
だから余計に、
正しいように見えます。
私が、
「それ違うよ。」
と指摘すると、
「おっしゃる通りです。」
と返ってきます。
いやいや。
さっきまで、あなた、あんなに自信満々やったやん。
(笑)
AIは、四万十で暮らしていない
AIは、
四万十川について、たくさんの情報を知っています。
でも、
四万十川で暮らしたことはありません。
夏の川の匂いも知らない。
雨で増水すると、川の色が変わることも、
体験として知っているわけではありません。
予土線に乗って、
車窓から四万十川を眺めたこともありません。
鮎の塩焼きを食べたこともありません。
「この焼き方は違う」
と思ったこともありません。
(当たり前か!)
AIが持っているのは、
情報です。
私が持っているのは、
ここで暮らしてきた経験です。
これは、同じ「知っている」でも、
違います。
じゃあ、AIは使えないの
じゃあ、AIは使えないのか?
もちろん、そんなことはありません。
むしろ逆でした。
ブログ全体を整理する。
読者の視点で考える。
文章の構成を考える。
作業を順番に並べる。
自分では気づかなかった問題を指摘する。
こういうことは、
私よりずーっと得意です。
でも、
地元の細かなこと。
実際に経験したこと。
その土地ならではの感覚。
そこは、
私が確認しなければいけない。
AIに全部任せるのではなく、
AIが得意なことはAIに。
私が知っていることは私が。
少しずつ、
役割分担が見えてきました。
AIと人間、どっちが正しい?
この頃の私は、
AIに何かを聞くたびに、
「正解を教えてもらう」
という感覚が、少しずつなくなっていきました。
AIが提案する。
私が読む。
「それはいいね。」
「いや、それは違う。」
「もう少しこうしたい。」
そうやって、
何度もやり取りする。
一発で正解を出してもらうのではなく、
一緒に答えを探していく。
そんな使い方になっていきました。
AIは優秀です。
でも、万能ではありません。
よく忘れるし、
時々、自信満々に間違える。
それでも、
こちらがちゃんとツッコミを入れれば、
また一緒に考え直せます。
どうやら、
AIとブログを育てるには、
私もボーッとしてはいられないようです。
次回予告
AIは万能じゃない。
でも、得意なことと苦手なことが分かってくると、
付き合い方も少しずつ分かってきました。
そんなある日、ふと思いました。
毎日のように、
「AIに聞いてみよう」
「AIがこう言ってる」
なんて言ってるけど。
……そういえば。
AIって、何の略?
今さら?
はい。今さらです。
次回 #006 AIって何の略?
前回 #004 たった4つに分けるんですか?