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海洋堂ホビー館四万十と海洋堂かっぱ館、そのまた奥にある馬之助神社にまつわる話

海洋堂ホビー館四万十と海洋堂かっぱ館は、JR予土線打井川(うついがわ)駅から車で15分。ちょっと辺鄙(へんぴ)な場所にあるのが売りの、ちょっと変わったミュージアム。フィギュアメーカー海洋堂と四万十町がコラボして出来ました。

 

そして、かっぱ館から山あいを進むこと約4キロ、歩くと小1時間くらいでしょうか。清らかな小川のせせらぎがすずやかに聞こえ、森林の放つ澄んだ空気の中に、ひそやかに、そして神々しくたたずむ馬之助神社。ずいぶん昔からある神社で、地元の人たちからとても大事にされているお宮です。今日は、さわやかな空気と裏腹に悲しいお話が残るこのお宮と、海洋堂ホビー館、かっぱ館とのあったかいご縁のお話です。

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馬之助神社の由来

IMG_4401馬之助神社の由来は、実は、打井川地域に伝わるとても悲しいお話に由来しています。
昔、子だくさんのある百姓の家族に、手の付けられないほどの悪さをする7歳の男の子、馬之助がいました。貧乏で食べるものが満足になく、近所の家の納屋から芋を盗んだり、行商の魚売りの魚を盗っては逃げと、苦情が絶えません。たくさんの子どもを抱え、ほとほと困った両親は、馬之助を山の奥に連れて行き、泣く泣く馬之助を置き去りにしてきました。

 

そして一週間。父親が様子を見に行くと、馬之助は赤い子(川の沢蟹)を食べてかろうじて生きていたそうです。それでも、父親は心を鬼にして馬之助を、そこにとどめたまま家に戻りました。母親は馬之助の様子を聞いて悲しみで狂わんばかりだったそうです。
それからひと月も経たないうちに、両親をはじめ馬之助の家族、親せき一同がなぜか次々と亡くなっていき、とうとう死に絶えてしまった、、そのあとも、不思議なことが次々と起こるため、打井川の人々は、神社を建て「馬之助神社」と名付け、それからずっと大事にしてきたということです。今の世なら考えられいような、本当に可哀想なお話です。

 

このお話は、打井川をはじめ、大正に残る昔話をまとめた本『大正のむかし話』の中に収められています。地元で口承で伝えられていたお話を、打井川小学校の校長先生をしていた、多賀一造先生がおじいちゃんおばあちゃんからお話を聞き取り、本にまとめました。私も地元の小学校での読み聞かせで、この本を時々読んでいます。

海洋堂ホビー館ができたわけ

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その馬之助神社が建てられた時、海洋堂ホビー館四万十の宮脇館長のお父さんは、宮大工としてお宮の建設に関わっていたそうです。そのご縁で打井川に、海洋堂ホビー館四万十と海洋堂かっぱ館が作られました。

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