牧野富太郎博士について調べていると、少し難しい言葉に出会うことがあります。
赭鞭一撻(しゃべんいったつ)
そして、
結網子(けつもうし)
です。
どちらも、初めて見ると読み方すら分かりにくい言葉ですね。
でも、この2つの言葉を知ると、牧野博士がどんな思いで植物学に向き合っていたのかが、少し見えてきます。
簡単に言うと、
赭鞭一撻は、牧野博士が若いころに書いた植物学を学ぶための15の心構え。
結網子は、牧野博士が好んで使った号です。
どちらにも、牧野博士の「学び続ける姿勢」と「自分で動く覚悟」が込められています。
この記事では、牧野富太郎博士の赭鞭一撻と結網子の意味を、なるべく分かりやすく紹介します。
この記事でわかること
・赭鞭一撻の読み方と意味
・赭鞭一撻に込められた15の心構え
・結網子の読み方と意味
・牧野博士が結網子を号にした理由
・牧野博士の生き方に通じる考え方
・牧野植物園や佐川町で感じられる牧野博士の言葉
もくじ
赭鞭一撻とは、牧野富太郎博士の15の心構え
赭鞭一撻は、しゃべんいったつと読みます。
とても難しい言葉ですが、牧野富太郎博士にとっては大切な言葉でした。
赭鞭一撻とは、牧野博士が若いころ、植物学を本気で志すにあたって書き記した15の心構えです。
牧野博士は、自叙伝の中で、若いころ郷里の土佐・佐川町で、自分が抱いていた考えを書きつけたものだと述べています。
今でいうなら、
「植物学を学ぶための自分への誓い」
のようなものかもしれません。
しかも、それを書いたのが若いころというのが驚きです。
まだ若い時期に、ここまで具体的に「自分はどう学ぶべきか」を考えていたことに、牧野博士のすごさを感じます。
赭鞭とは赤い鞭のこと
赭鞭の「赭」は赤土のような赤い色を表します。
「鞭」はむちです。
つまり、赭鞭とは赤い鞭のことです。
この言葉は、中国の古い伝説に由来するとされています。
古代中国の伝説上の帝王・神農が、赤い鞭で草を払い、その植物が役に立つものかどうかを確かめたという話です。
植物を調べ、役に立つかどうかを見きわめる。
その姿は、植物を探し、観察し、記録し続けた牧野博士の生き方とも重なります。
赭鞭一撻という言葉には、植物を学ぶ者として、自分自身を励まし、奮い立たせるような響きがあります。
赭鞭一撻の15条に込められた考え方
赭鞭一撻には、15の心得があります。
すべてを細かく読むと少し難しいのですが、内容を大きくまとめると、牧野博士が大切にしていたことは次のようなものです。
・忍耐強く続けること
・正確に観察すること
・たくさんの植物を見ること
・たくさんの本を読むこと
・植物に関係する学問を幅広く学ぶこと
・洋書を読むこと
・植物を自分で描く力を持つこと
・先生や仲間から学ぶこと
・必要な本や道具には惜しまずお金を使うこと
・山野を歩き回る苦労を嫌がらないこと
・植物園を持つこと
・同じ志を持つ人とつながること
・一般の人が使う植物名や言葉も大切にすること
・本を絶対視せず、友として向き合うこと
・分からないことを安易に神秘や神の摂理で片づけず、真理を探究すること
こうして見ると、ただの勉強法ではありません。
研究者としての姿勢そのものです。
しかも、この内容は植物学だけに限らないと思います。
何かを長く続ける人にも通じる言葉です。
特に私は、
「跋渉の労を厭うなかれ」(ばっしょうのろうをいとうなかれ)
という考え方が印象に残ります。
これは、山や野を歩きまわる苦労を嫌がってはいけない、という意味です。
牧野博士は、机の上だけで植物を学んだ人ではありません。
実際に山へ入り、野を歩き、植物を見て、描いて、記録し続けました。
その行動力こそが、牧野富太郎博士らしさなのだと思います。
今読んでも心に残る赭鞭一撻
赭鞭一撻の15条は、現代に読んでも古びていません。
たとえば、
精密を要す
という言葉。
これは、正確に観察し、曖昧なままにしないという姿勢です。
植物の名前を調べる時も、文章を書く時も、写真を撮る時も、いい加減ではいけない。
そう言われているように感じます。
また、
書を家とせずして、友とすべし
という考え方も面白いです。
本に書いてあるからといって、それを絶対のものとして安心してはいけない。
本は自分より上にあるものではなく、対等に向き合う友である。
これは、学び方としてとても大事な考え方だと思います。
牧野博士は、本を大切にしながらも、ただ鵜呑みにするのではなく、自分の目で見て、自分で確かめようとした人だったのでしょう。
結網子とは、牧野富太郎博士の号
次に、結網子について見ていきます。
結網子は、けつもうしと読みます。
結網子は、牧野博士が使っていた号です。
号とは、本名とは別に、書や文章、創作物などで使う名前のことです。
雅号ともいいます。
牧野博士は、結網子や結網学人という号を好んで用いたとされています。
では、なぜ「結網」なのでしょうか。
結網の意味は「網を結ぶこと」
結網とは、文字通り、網を結ぶことです。
この言葉は、中国の古典にある言葉に由来します。
有名なのが、
淵に臨みて魚を羨むは、退いて網を結ぶに如かず
という言葉です。
意味は、
水辺に立って魚がほしいと眺めているよりも、家に帰って魚を捕るための網を作った方がよい
ということです。
つまり、
願っているだけではなく、行動しなさい
という意味です。
牧野博士がこの言葉に強く心を動かされ、自分の号にしたことを思うと、とても博士らしいと感じます。
植物を知りたいなら、ただ願うだけではなく、山へ行く。
植物を見る。
標本を作る。
絵を描く。
本を読む。
人に聞く。
必要な道具をそろえる。
まさに、網を結ぶように、ひとつひとつ自分で準備し、行動していった人だったのだと思います。
結網子には「行動する人」という思いがある
結網子という号には、牧野博士の生き方がよく表れています。
ただ夢を見るだけではなく、実際に動く。
ただ植物が好きだと言うだけではなく、調べる。
ただ珍しい植物を見つけたいと願うだけではなく、山野を歩く。
そういう人だったからこそ、牧野博士は日本の植物学に大きな足跡を残したのでしょう。
「結網子」という号は、静かな名前に見えます。
でも、その中には、
望むだけで終わらず、自分で網を結び、行動する
という強い意志があります。
赭鞭一撻と結網子に共通するもの
赭鞭一撻と結網子。
一見、別々の言葉に見えます。
でも、どちらにも共通しているのは、牧野博士の自分を律する力です。
赭鞭一撻は、植物学を学ぶための心構え。
結網子は、願うだけでなく行動するという生き方。
どちらも、ただ植物が好きという気持ちだけではありません。
好きだからこそ、学ぶ。
好きだからこそ、歩く。
好きだからこそ、調べる。
好きだからこそ、描く。
好きだからこそ、続ける。
牧野博士の「好き」は、とても強い実行力を伴っていました。
そこが、今も多くの人を惹きつける理由なのだと思います。
牧野博士の言葉は、今の私たちにも響く
牧野富太郎博士は、植物学者です。
でも、赭鞭一撻や結網子に込められた考え方は、植物学だけに限らないと思います。
何かを学ぶ人。
文章を書く人。
研究する人。
仕事を続ける人。
好きなものを追いかける人。
そういう人にとっても、牧野博士の言葉は励みになります。
特に、
忍耐を要す
精密を要す
跋渉の労を厭うなかれ
書を家とせずして、友とすべし
このあたりは、今読んでも胸に残ります。
簡単に成果が出ない時代だからこそ、牧野博士のように、地道に見て、調べて、動き続ける姿勢は大切なのかもしれません。
牧野植物園や佐川町で博士の言葉に触れる

牧野富太郎博士の言葉や生涯に触れたい方は、高知県立牧野植物園や、博士のふるさとである佐川町を訪ねてみるのもおすすめです。
牧野植物園では、牧野博士の業績や植物へのまなざしを感じることができます。
また、佐川町には牧野博士ゆかりの場所があります。
「赭鞭一撻」や「結網子」という言葉を知ってから訪れると、博士の展示や資料の見え方も少し変わると思います。
難しい漢字の言葉ですが、意味を知ると、牧野博士の人柄や覚悟がぐっと近く感じられます。
まとめ|赭鞭一撻と結網子は、牧野博士の生き方を表す言葉
赭鞭一撻とは、牧野富太郎博士が若いころに書いた、植物学を学ぶための15の心構えです。
結網子とは、牧野博士が好んで使った号です。
赭鞭一撻には、学び続ける覚悟が込められています。
結網子には、願うだけでなく、自分で行動するという思いが込められています。
この2つの言葉を知ると、牧野博士がただ植物を愛した人ではなく、植物のために学び、歩き、描き、調べ続けた人だったことが分かります。
難しい言葉ですが、意味を知ると、とても力のある言葉です。
牧野富太郎博士の生き方を知る入口として、赭鞭一撻と結網子はぜひ覚えておきたい言葉です。
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牧野富太郎博士や、朝ドラ『らんまん』に関する記事はこちらも参考にしてください。
牧野博士の言葉を知ると、植物園や佐川町を訪ねる旅も、より深く楽しめると思います。