「雑草という名の草はない」大好きな牧野富太郎博士の名言

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牧野富太郎の名言 『らんまん』トピック
牧野富太郎の名言

牧野富太郎博士は自叙伝をはじめ、多くのエッセイや言葉を残されています。  

その中で心に残る名言と英訳例を紹介します。

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すべての植物には名前がある

雑草という名の草はない

『雑草という名の草は無い』この言葉を聞いて、わたしは朝の散歩や庭先で草を引いている時に「この植物は何という名前なんだろう?どうしてこんな形なんだろう?」と思うようになりました。

なにげなく見過ごしているけれど、小さな植物にも命があって生きている意味があるんだということを教えられる言葉です。

すべての植物におしみない愛情を込めていた牧野富太郎博士だからこそ語れる素敵な言葉です。

じつは最近までこの名言が牧野博士の言葉であるとする史料がなく、牧野博士がつねづね語られている言葉を昭和天皇が引用されたとの説がありました。

しかし長年、牧野博士の研究をしている練馬区立牧野記念庭園記念館の田中純子学芸員さんの調査によって、博士自身の言葉と考えていいとの見解が、2022年8月の高知新聞紙上で発表されました。

田中学芸員が根拠となる史料としたのは、木村久邇典(くにのり)著「周五郎に生き方を学ぶ」(1995年、実業之日本社)にある著述。朝日新聞記者だった木村は山本周五郎の担当となってから取材を重ね、周五郎研究の第一人者として多くの著書を残している。同書にはこんな逸話がつづられている。昭和3(1928)年ごろ、周五郎(本名・清水三十六)は帝国興信所(現在の帝国データバンク)が出版していた雑誌「日本魂」の記者をしていた。その雑誌の企画の一つに当時の著名人インタビューがあり、牧野博士もその一人だった。周五郎が「雑草」という言葉を口走った時、博士はなじるような口調で言ったという。「きみ、世の中に〝雑草〟という草は無い。どんな草にだって、ちゃんと名前がついている」。周五郎は木村に対し、「これにはおれも、一発ガクンとやられたような気がした」と語っている。
田中学芸員は「雑草の名言を博士が本当に言ったのか。牧野研究の中で最大の問題と言っても過言ではなかった。この本による周五郎の言葉によって、名言は博士自身のものとして間違いないと考えられる決定的なものだろう」と話す。

高知新聞8月18日

【英訳】
There’s no weed that doesn’t have its name.

Every weed has its name.

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植物に感謝せよ

植物は人間がいなくても少しも構わずに生活するが、人間は植物が無くては生活の出来ぬ事である。

『牧野富太郎自叙伝』

【英訳】
Plants can live without humans, but humans cannot live without plants.

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植物を愛することは平和を愛すること

私は草木に愛を持つ事によって人間愛を養成する事が確かに出来ると信じている事です。

(中略)

人間に思い遣りの心があれば天下は泰平で、喧嘩も無ければ戦争も起るまい。故に私は是非とも草木に愛を持つ事をわが国民に奨めたい。

『牧野富太郎自叙伝』

【英訳】

It is my belief that we can indeed cultivate human love by having love for plants and trees.

If people have a caring heart, the world will be at peace, there will be no quarrels, and wars will not occur. Therefore, I would like to encourage our people to have love for plants and trees.

牧野富太郎博士の名言は、彼の波乱万丈の人生そのものかもしれませんね。

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